私たちはこうして、奈落の底に落ちて行った。Part1

ナステビュウ湯の山冬の時代・・・と言うより暗黒の時代に突入していきます。

今日は当館最大の試練のお話です。
現在もコロナで観光施設は試練と向き合っていると思うのですが、今から3年前のナステビュウ湯の山過去最大の危機のお話をします。
忘れないように時系列で書いたのですが、長くなりすぎたので4回に分けて公開します。

今回は序文に当たります、その私たちはこうして、奈落の底に落ちて行った。Part1を読んでみてください。

2016年秋

2016年ナステビュウ湯の山はこの年も絶好調で、今年も多くのお客様からお越しいただきました。
この年の夏のボーナスも過去最高の支給をしてほっとしていました。
9月もまあまあ好調で、順風満帆でたが更なる高みを目指していました。
当時のスタッフは若手中心でヤングチームで運営していました。
と言うのは、その2年前旧スタッフが次々と退職して、結果的に若手中心のスタッフになりました。

しかし、この若手が結構活躍して、素晴らしい業績を上げてくれました。
特に中心になったのが女性スタッフ2名が両輪で頑張ってくれていました。

所が、9月上旬二人同時に辞めたいと言い出しました。
当時私は辞めたいと言い出したスタッフを留意した事がありませんから、すぐ承諾しました。

今考えると、留保の話し合いくらいはした方が良かったかと思っています。
世の中、そんなに甘くはないですしね~

10月彼女らが出勤最終日、確か2016年10月10日の連休最終日に、現場から温泉が不足して、内風呂の温度が上がらないと報告がありました。

以前から、どうも温泉が少なくなってきた気がしていましたし源泉温度が落ちてきていましたので、詳しく調査する事にしました。

特別に10月11日臨時休館にして、温泉を調べたところ、掘削した時点では毎分250ℓも出ていたのに、この時点では毎分80ℓ程度に減っていました。

春に再調査をして、それでも戻っていなければ源泉井戸内を掃除しようという事になりました。

2016年冬

その年の冬から年明けでは、非常に苦しい運営が続きました。
と言うのは、さらに若手の男性職員も2名退社してしまったから。
この頃はお風呂掃除して、帰るのが零時過ぎ。
そして出社が7時半ごろと言う生活が毎日続き、肉体的にも精神的にもきつい時期でした。

さらに追い打ちをかけたのが、温泉の量が足りなくて、朝になっても湯船に温泉が溜まらない事が多かったですね。

でも、僕だったら営業までにお湯を満水にする技術がありましたが、雇った新人の人では、そこまでの応用力や知識がなく、水風呂事件を起こしたりして、お客様に迷惑をかけたりしていました。
マニュアル化したつもりでしたが、それを理解できなければ机上の空論ですから。

2017年 春

温泉も、スタッフもギリギリで越冬した感じでした。
源泉温度はだんだん下がってくるし、量も減ってくるし。

しかしこの冬は、恐れていた雪も平年より少なく、業績はしれ程落とさず越冬出来ました。
春になったら、まとめてお休みして源泉井戸を掃除し湯量を回復させようと思っていました。
お陰様で、春にはスタッフも何とか使える戦士が揃ってきた感じでした。
温泉の方はますます、悪化する感はありますが、他はやや明るい兆しの感じる事が出来る春でしたが事態は急変してくるのでした。
心配事の95%は実際に起こらないって言うじゃないですか。
当時はその言葉を、心のよりどころにこらえて居たような気がします。
よせば良いのに、その頃半年間のマーケテングの勉強をやっていました。
広島での合宿に会社からSOSの電話はくるし、どうしようもないですよね。
今考えると最近の人生で心と体が最も苦しい時期でした。

次回に続く・・・・・・

このシリーズの他の記事

私たちはこうして、奈落の底に落ちて行った。Part2

私たちはこうして、奈落の底に落ちて行った。Part3

私たちはこうして、奈落の底に落ちて行った。Part4

今回も最後まで読んでいただいて、有難うございました。

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