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敗者になった時、本当の人間性が出るのではないでしょうか?

敗者といえば、身近なところでは選挙でしょう。

私たちが本当に注目すべきなのは、勝者の歓喜の言葉ではなく、敗者の弁ではないでしょうか。

今回、惨敗を喫した中道連合にも、さまざまな敗者の弁がありました。

多くの仲間が落選する中、ただ一人当選を果たした議員は、こう語りました。

「今回払った代償は大きい。しかし、これまでの政治姿勢こそがこの結果を招いた。これからは自らを律し、再建していきたい」

結果を環境や他人のせいにするのではなく、自らに矢印を向けた言葉でした。

一方、原口一博氏は、急きょ結成された中道連合を当初から批判し、自ら離党。

河村たかし氏とともに「減税日本・ゆうこく連合」を立ち上げ、選挙に臨みました。

結果は振るいませんでした。

時間も準備も十分とは言えなかったでしょう。

それでも氏は、支持してくれた人々への感謝を述べ、「若い人を育てたい」と前を向きました。

古い組織を離れ、新たな挑戦に踏み出し、敗れた。

それでも「道はできた」と語り、次世代に希望を託す姿勢を崩さなかったのです。

その一方で、落選した一部の政治家からは、ネット上の誹謗中傷の影響を強調する声も聞かれました。

外部要因に言及すること自体は否定しませんが、どこか他責に聞こえてしまったのも事実です。

また、立憲民主党の創設者でもある枝野幸男氏は、さいたま市大宮区の事務所に姿を現し、支援者約20人を前にこう語りました。

「どんな風が吹いても立っていられる足腰を、自分自身が持てていなかった」

悔しさも、言いたいことも、きっとあったはずです。

他責にしてしまえば、どれほど楽だったことでしょう。

それでも、結果のすべてを自らの力不足と受け止めた。

人は負けたとき、立場が苦しくなったとき、本当の姿が表れるのだと思います。

外部環境や運のせいにすることは簡単です。

しかし、自責を選ぶ人は潔い。

今回の敗者の弁から、そんな「かっこよさ」を感じました。

人間の真価は、勝ったときではなく、負けたときにこそ現れる。

そう強く感じた出来事でした。

今回も最後まで読んでいただいて、有難うございました。

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