2026.2.13(金)
敗者になった時、本当の人間性が出るのではないでしょうか?
敗者といえば、身近なところでは選挙でしょう。
私たちが本当に注目すべきなのは、勝者の歓喜の言葉ではなく、敗者の弁ではないでしょうか。
今回、惨敗を喫した中道連合にも、さまざまな敗者の弁がありました。
多くの仲間が落選する中、ただ一人当選を果たした議員は、こう語りました。
「今回払った代償は大きい。しかし、これまでの政治姿勢こそがこの結果を招いた。これからは自らを律し、再建していきたい」
結果を環境や他人のせいにするのではなく、自らに矢印を向けた言葉でした。
一方、原口一博氏は、急きょ結成された中道連合を当初から批判し、自ら離党。
河村たかし氏とともに「減税日本・ゆうこく連合」を立ち上げ、選挙に臨みました。
結果は振るいませんでした。
時間も準備も十分とは言えなかったでしょう。
それでも氏は、支持してくれた人々への感謝を述べ、「若い人を育てたい」と前を向きました。
古い組織を離れ、新たな挑戦に踏み出し、敗れた。
それでも「道はできた」と語り、次世代に希望を託す姿勢を崩さなかったのです。
その一方で、落選した一部の政治家からは、ネット上の誹謗中傷の影響を強調する声も聞かれました。
外部要因に言及すること自体は否定しませんが、どこか他責に聞こえてしまったのも事実です。
また、立憲民主党の創設者でもある枝野幸男氏は、さいたま市大宮区の事務所に姿を現し、支援者約20人を前にこう語りました。
「どんな風が吹いても立っていられる足腰を、自分自身が持てていなかった」
悔しさも、言いたいことも、きっとあったはずです。
他責にしてしまえば、どれほど楽だったことでしょう。
それでも、結果のすべてを自らの力不足と受け止めた。
人は負けたとき、立場が苦しくなったとき、本当の姿が表れるのだと思います。
外部環境や運のせいにすることは簡単です。
しかし、自責を選ぶ人は潔い。
今回の敗者の弁から、そんな「かっこよさ」を感じました。
人間の真価は、勝ったときではなく、負けたときにこそ現れる。
そう強く感じた出来事でした。
今回も最後まで読んでいただいて、有難うございました。
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