2020.3.9(月)
さらば橋本紘二さん。
松之山在住のプロカメラマン橋本紘二さんが、急死なされました。
最近まで、お元気だったのに・・・・・
私が最近逢ったのは、今年に入ってからです。
当館にお風呂に入りに来てくれたのです。
滅多に当館にお風呂に入りには来ないのに、自宅のボイラーが壊れたので、今お風呂に入れないので来たんだと仰っていました。
今考えると、お別れに来てくれたのかな、と思いました。
昨年の秋から糖尿の影響で、足腰が極端に弱ってきていました。
顔もむくんだ感じで、腫れぼったい印象が強かったのですが、今年逢った印象は、体調も良さそうでしたし、足腰もしっかりしている印象でした。
それが突然の訃報で驚きました。
橋本さんは農業系の写真家です。
あまり派手さを好まず、デジタル写真になっても色を抑えた表現をされていました。
それでも、写真のエネルギーは素晴らしく、さすがと思い知らせられました。
彼の代表作は僕は「春を呼ぶ村」だと思います。
これは彼が写真家として、生きていくと決めた魂の写真集でしたが、僕は当時暗い写真集と評していました。
その後、雪国春耕を発売しましたが、これは春を呼ぶ村の改訂版で、最近の写真も加えた写真集です。
この写真集は文句なく一級品で素晴らしい写真集です。
私はこの写真集を汚い写真集と呼んでいました。
何故なら今では撮れないような40年も前の写真が収録されているのです。
もう誰も撮れないじゃないか、きたねぇ~と言っていました。
でも彼の代表作の一部です。
そして外部の方には評価が高い「中国黄土高原」も素晴らしい写真集です。
海外に撮影も積極的に行き「クリヤーの山」ではタイの小数山岳民族をテーマに何度も現地で撮影をしてきたのだそうです。
そこは山間部で、農作物はあまり育たなくて、大麻やケシなどの麻薬の原料しか育たないような貧しい村なのだそうですが、そこがコーヒー豆の栽培を始めたと聞くと、個人で100キロ以上生豆を輸入して、日本で焙煎して自分で販売したこともありました。
普通個人でコーヒー豆100キロも輸入する人はいないので、税関に怪しまれ、数か月も足止め食ったりしたと言っていました。
当館でも何度も写真展をやっていただいたり、現在2Fで飾っている私の写真は橋本さんからプリントしていただいた写真です。
そんな破天荒な暮らしぶりの橋本さんも、いなくなると寂しいですね。
心からご冥福お祈りいたします。
今回も最後まで読んでいただいて、有難うございました。
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