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野村克也さんのご冥福をお祈りいたします。

日本プロ野球の牽引車の一人の野村克也さんがこの世を去られました。
そう言えば、おしどり夫婦のように寄り添っていたサッチー事、野村紗知代さんが2017年の12月に亡くなって、わずか2年余りで後を追うようにこの世を去ってしまったんですね。

老夫婦の場合は、片方が先立たれると!

一般に高齢者のご夫婦が、奥様が先立たれるとご主人は後を追うように2~3年以内に亡くなるケースが多いのだそうです。

反対にご主人が先だたれるケースでは、残った奥様は長生きする事が多いのだそうです。

今回は、奥様の野村紗知代さんと同じ病気の虚血性心不全で入浴中に倒れそのまま帰らぬ人になったという情報です。
ご家族にとっては、いきなりなりなので驚いた事でしょう。
多分、サッチーがいつまで待たせるのよと、呼んだんでしょうね。

野村克也さんの話を聞いたことがあります。

私は昔野村克也さんの講演会を聞いたことがあります。
かなり昔になりますが、松之山商工会の招きで、体育館か松之山のどこかで講演したように記憶しています。

野球人の話はどうなのか?
不安でしたが、大変面白い話だったと記憶しています。
自分が南海というあまり有名ではない球団でテスト生として入団して、壁からレギュラーになるまでのお話をお聞きしましたが、ドラフト上位で入る選手は期待され、未来を約束されているのに比べ、テスト生でキャッチャーは、投手の捕球係、つまり壁としてしか見てもらえず、期待もされていないところからどうやって、上り詰めていったか。

またレギュラーになって、一流の投手の球をどうやって打ったか聞かせてもらいました。

かなり前に聞いた話ですが、今でも一部覚えています。

野村克也さんの功績

野村克也さんは、ID野球を完成させました。
データに基づく野球
また理にかなった野球を徹底して行って野村野球とまで言われ、それが若手に受け継がれ、国際大会でも日本が活躍するようになり、世界が日本の野球をお手本にする礎を築いたのではないでしょうか?

彼が若手の時に大リーグから日本の球界に来た選手に、日本の野球は頭を使っていないと言われたのがきっかけで、そのように変えていったと言われています。

今後も、彼がまいた種が花開くように日本の野球を見守っていきたいですね。

心からご冥福をお祈りします。

今回も最後まで読んでいただいて、有難うございました。

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